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■ 雪国の花屋事情
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今回のメルマガは読者の方からのお便りを紹介します。
著者は、少しの雪で開店休業状態が当たり前のような東京の
状況でしか知りません。本格的な冬を迎える北海道などのお花屋さんは、
どんな対策で、雪に立ち向かっているのでしょう・・・・・。
そこで、北海道のお花屋さんからお便りです。
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北海道の冬の商売は、雪のせいで売上げダウンってことはありません。
よほどの吹雪じゃない限り、普通に花を買いにきます。
逆にお庭の花が雪の下に埋もれてしまうので、仏花などを買いに来る
お客は増えますし、雪で家から出られないから・・というお年寄りの方など、
配達して欲しいという注文が若干増えます。
もちろん他の配達の件数も増えます。
その日の気温によりますが、配達中に花が凍結ということもあるんです。
車の中の暖房は気を使っていて、荷台が温かくなるようにしていますが、
1軒配達して荷台のドアを開けたとたん風が吹き込んで・・・ということは
よくあります。
車から配達先までの移動中にもよくあることです。
花を外気に当てないように工夫もしていますが、数が多かったり
急ぎの配達の時は、つい忘れてでてしまうことも・・・。
葬儀用のスタンド花も冬場は被害にあいます。
会場で暖房を入れるので乾燥したり、これも配送中に凍結したり。
最近外に花を飾ることは滅多にありませんが、冬の葬儀で外に飾った花は、
片付けするのもひと苦労・・・。
凍り付いて抜けませんから。(笑)
解けるのを待つばかり。
私の職場のような古くて寒い店でも、花の水が凍るってことは殆どありませんね。
と言うか、冬は1日中ストーブ付けっぱなし。
だから凍らないだけです。
事務所も店も灯油を切らすことはできないんですよ。
北海道の企業には「燃料手当て」とか「暖房手当て」というものがあります。
冬場の暖房代です。
普通の一軒家で使用する灯油代は、11月〜4月までで4〜5万円くらいかな?
除雪だって一仕事です〜。
一晩で積雪50cmも珍しくないですし、1日中降り続く日もあるし。
12月末のかきいれ時に葬儀と雪が重なると、配達はどんどんずれ込みます。
当然、配達だって冬場は時間がかかるんです。
車はのろのろ運転。(笑)
田舎に行くと吹きさらしで道がなくて引き返すとか。
行きはあった道が帰りにはなくなっていたり〜。(笑)
道と歩道の境目がないので、自分の走っている場所も勘がたより。
よく無事で帰った!!ってこともよくある話しです。
冬の北海道は本当に厳しいんです。
自然の美しさも魅力はありますが、生活する上での苦労はかなりあると思います。
それでも雪の中を転げ回る子供達、美しいダイヤモンドダスト・・・。
スキー場の頂上から見る景色など、
ここでしか味わえない物もたくさんあって・・・。
四季の移り変わりがはっきりしていて私は好きです。
夏の暑さや梅雨の時期のほうがやはり苦手。
根っからの道産子なんですね〜。(笑)
そうそう!
寒い日には鼻毛が凍るってわかりますか?(笑)(笑)
息を吸い込むと、鼻の中がくっついてしまいます。
ぜひ体験してみてください。(笑)
北海道の読者より
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今回はこれで終わりです。
では、また次回をお楽しみに。
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■ 編集後記
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冬場対策という部分においては、どこの地域もそれなりの対策は立てられて
いると思いますが、雪が家の高さまで降る雪国の世界。
私の乏しいイマジネーションでは想像が出来ないですね。
読者の皆さん。
「うちの花屋は、こんな冬場対策を」という題材でユニークな方法など有りましたら
お便り下さい。お待ちしております。
fc2@hanadaisuki.com
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■ 無手勝流師範 (勝手気まま!)
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文字情報とビジュアル情報の違いについて、最近よく考えらせられる。
例えば、文字情報とは、その代表的なもので書籍がある。
その一方でビジュアル情報とはモニタを通して見る動画である。
これは私自身感じることではあるが、情報とは文字ではじまり画像で終わる
という一連のプロセスであるように思えて仕方がない。
なぜ、こう感じるかは、文章などを書く場合、あくまでも頼りになるのが
自分自身のイマジネーションだけだからだ。そのイマジネーションが
どうしたわけか、ビジュアル情報からは湧いてこないのである。
そのほとんど、いやすべてと言っても過言ではないくらいに、私のイマジ
ネーションは文字情報から生まれる。
反面ビジュアル情報は視覚からの感動や美しさは伝わってはくるのだが、
それはそれで何かを感じるものがありそうなものだが、そうはなってくれない。
つまり、その場限りで先にあるものを創造するというイマジネーションは
生まれてこないということだ。
自身の性格と素質についてとやかく言うつもりはないが、どうも私は何かの
ヒントを基に、白紙の状態からものを創り出すことが好きなようである。
つまり完成形に魅力を感じないということかもしれない。
よく新聞紙面をにぎわす読書離れの文字だが、この傾向も突き詰めれば
人間が持っている最大の能力である、物を創り出す初めの段階、つまり
想像力という能力を自らの手でつまんでいるようにしか思えてこない。
手っ取り早く結果だけを求め喜びを見出す傾向だ。
昨今の先行き不安定な社会の中で、自身の方向性を個性豊かに
そして主体性を持って設計図を描く、というプロセスが忘れ去られる傾向が、
少しばかり気になるところである。
だからでは有るまいが、まねをすることで自身のオリジナルと勘違いする
傾向も見逃せない。別にまねをすることを否定しているわけではないが、
まねはあくまでもコピーであって、自身のイマジネーションは存在しないし
個性は発揮できない。またその個性を尊重する社会意識も育たない。
他人と同じ事をして、また同じ姿でないと安心が獲得できないとする
社会構造の方が歪なのだが・・・・・・・。
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