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■ 儲けるということ。
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「儲かる商売」ということだけに焦点を絞れば、
それはコストの掛からないこと。
これしかない。
実に簡単なのである。
原価の安さには二つある。
素材そのものが安価というものと
原価は高いが製品の一次・二次使用で
原価率を下げていく二つだ。
前者は化粧品
後者は映画などだろう。
このような覆すことの出来ない事実があるにもかかわらず
それを「こちら立てれば、あちらが立たず」
「この数字は、これに影響を受け、そして、すべては連動している。」
だから、そんなに簡単な理屈では解決できないと彼らは云う。
複雑にして難しくしているのは、何の役にも立たないデータをしきりに
集める分析魔の経済学者やコンサルティング会社。
だって、そうしないと彼らの存在感なんて意味を成さなくなる。
それから何よりも増して一番厄介なのが、
その商売に携わっている私たちの思考である。
自分が選んだ商売が存在する意義を求める心だ。
意義なんて儲かっているか儲かっていないかで
計ればよいものを・・・・・。
「自分の選んだ商売は世の中に貢献しているはずだ。」
また、「自分の選んだ商売だから良いに決まっている。」という
選択への正当性だ。それを立証したいがため色々と考えることになる。
この思考がシンプルなはずの利益の源泉を隠してしまう。
これを唱えれば論点がずれてくること間違いない。
だから「花は私の生きがい」なんていっている人には
このメルマガは向きません。
それからこれも厄介なものだ。
「額に汗して頑張れば、きっと良くなる。」という願望。
私から言わせて貰えば、これは保身から来る言い訳である。
結果はどうであれ努力しているということを周囲に認めてもらいたい表れ。
これで結論付けるようでは、大したアイデアを持っていないことの証明で
何の解決も得られない。いつまで経っても国家日の丸の云うことに沿った
生活をしていれば、後は役人がどうにかしてくれるという他力なものと同じだ。
上手くいかない。
「なぜだ?」と思案する。
「これはきっと方法論が間違っているからだ。」と結論付ける。
様々なビジネス書を読みあさる。そして街へ勉強に出かける。
それらしき改善のための方法論の書かれた項目を見つける。
そして、実行する。
しかし、思った程効果は上がらない。
その成功例は限りなく皆無に等しい一部の商売だけしかない。
大多数の人々が諦めともつかない気持ちのまま納得する。
「だって、世の中は成功する方がすくないもん・・・・。」と。
「入る」と「出る」の差額を利益という。
この利益率を高めることが儲けるコツ。
こんな事、誰しも痛いほど判っていることである。
だが、判っていながら、なぜコストの掛かる商売をしてしまうのか?
これが不思議で疑問である。
「だって世の中がそうでしょう。」という。
ここでも得意の他力本願的で答えになっていない答えで納得する。
皆が同じ過ちを繰り返しているから間違いが無い。
なんとも付和雷同でヘンテコな理屈である。
なぜ、コストが掛かるのか?
一つは消費者の変化だ。
時代は変化する。
時代が変化するということは、消費者思考の変化と共に
ライフスタイルの変化を意味する。
過去において必要だったものが必要でなくなるということだ。
消費者の消費思考はより贅沢になっていく。
最良のサービスを受けたその時から、次のもっと良いサービスを求める。
貪欲までの消費者思考へ対応するにはコストが掛かる。
そこへいつまでも変わらない商売を押し付けても誰も見向きもしない。
だから、消費者の目を引くためにはどうすればよいか?
お金をかけるサービスをすることだ。
と一般的な戦略思考の提案を見聞きするが、
儲からない仕組みの商売を展開しながら、一方で打開策を
検討実行するという笑えない現状だ。
手っ取り早く儲ける方法は、コストの掛からない商売を見つけ、
そこに資本を集中する。
すると儲かる。
今、日本では景気が緩やかに回復しているという。
確かに日経平均などをみれば、その傾向は見て取れる。
しかし、実感として大多数の人々の懐にキャッシュが増えているだろうか?
答えはNOである。
しかし、一部の人々には多くのキャッシュが転がり込んでいる。
その差は何か?
簡単である。
儲かる商売に資本を投下しているからである。
そして、これら儲かっている人々は「額に汗したために儲かった。」などとは
思わない。
「お金を使う場所の選択が正しかったから儲かった。」と冷静に受け止める。
また、これらの人々に共通しているのは、あくまでも自分の守備範囲の責任は
取るということである。決して他力的な思考にはならない。
判りやすく云えば、失敗も成功もすべては自分の責任という事である。
そして、これがもっとも重要な要素だけど、「労働は美徳」などという
誤解されやすい言葉に紛らわされないという暗示から覚めている人々である。
私たちは商売を行なっている。
また、一方で消費者でもある。
他人の商売には容赦ない批判と評論を展開する。
しかし、自分の商売の反省や評価は棚に上げる。
これでは上手くいくはずが無い。
花は魅力的な商材に違いない。
しかし、その花を扱う職種に異変が起こっている。
儲かる業態と儲からない業態にはっきりと選別される。
一例は以前とした小売形態は必ず淘汰される。
そう思って間違いない。
もう一度、自分の商売を消費者の目線で見ることが大切では
ないだろか・・・・・・・。
身近な例を挙げることもないと思うが、
デルコンピューターの躍進と先行PCメーカー後退がそれである。
また、Iチューンがソニーを脅かしている。
お金の流れと消費者のライフスタイルの変化を見逃してはならない。
これを時代の変化を読み取るという。
今回はこれで終わりです。
では、また次回をお楽しみに。
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■ 編集後記
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儲けるために仕事をする。
ビジネスを展開する。
ここまでくればれっきとした守銭奴の典型だ。
しかし、お金という利益とまた違った報酬を手に出来る
仕事や労働には別の要素がある。
それは達成感やヤリガイだ。
誰がどう見ても不可能な展開、四面楚歌の状態を
信念をもって打開できるかということに取り組む。
一歩一歩、日々研究と改善を繰り返しながら
数々の障害と困難を乗り越え、窮地を脱し希望する成果を遂に
手にすることがある。効率という時間利益を無視したものではあるが、
これはこれで素晴らしい感動を与えてくれる。
これも人それぞれの人生であるから否定はしない。
だが、人々(消費者)への感動を与えられなくて
商売における自分の感動は無い。
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■ 無手勝流師範 (勝手気まま!)
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「箪笥預金」に「ブタ貯金箱」など、そこら中で貯蓄に対するイメージできる
ものがあった時代、国民的意識に定着して来た「貯蓄は美徳」だが、
散々貯金というシステムを国民の意識に国策として定着させながら、
今度は貯金しないで使えという。
その結果、超低金利で貯金していても、受け取れる金利は限りなく
ゼロに近い。これを金利と呼ぶのもはばかる。ましてや1000万以上は
守ってもらえない。
銀行が倒産してもしらないよ、と脅かす始末。
ともかく貯蓄しても良いことないから、使った方がいいじゃないの?
という仕組みを政府は作っている。
これほど消費が冷えて、デフレが進むと大変だと、郵便局や銀行に
眠っている国民のお金を使ってもらえば、消費は増えデフレ傾向は
回避できる。と政府のお偉い方は読んだのでしょうけど、
消費は一向に増えず、より一層貯蓄意識が拡大している。
その拡大傾向がなんと「貯蓄」から「資産運営」という姿言葉を変え
お金を増やすという傾向は同じだ。
「蓄えようが使おうが大きなお世話だ。」
国民は時には賢者である。
何が得か利益の源流を求めていくよ。
政府がどのように云っても国民の意思を変えられない時代に
成ったと言うことなのかもしれない。
その代表例がネットでの株取引だ。
より小額で誰でもが口座を開けば手数料も少ない株取引が
出来るようなった。また、サイドビジネス感覚で賃貸アパート経営、
100円パーキングのオーナーと様々だ。
また、自分の大切なお金を使うからには
様々な情報を仕入れていく必要がある。
その過程において、経済・社会の情勢が自然と頭の中へ入ってくる。
まま情報過多といわれるが、それも個人の選別能力に問われるわけ
だが、これはこれで社会への無関心決め込むよりはマシではないだろうか。
花屋という商売一筋でも良かった時代から、様々な情報を仕入れて
世の動きに対応する姿勢を示さなければ生き残れない。
今はそういう時代だということである。
給料の一部から定期預金や郵便預金をしていた人々が
相場市場のメカニックを持った市場へお金を流がしている。
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