訳の分からない会話 その1
このところなんだか、梅雨のじめじめ感で憂鬱な日々が続く。
それで何が憂鬱なんだ!と聞かれれば、特にこれといって明確な答を返せるわけでもなく、ただなんとなく憂鬱なんだ、と答えるしかない。こういった訳の分からない状態になったこと、皆さんは経験在りませんか?
ある時、そんな浮かない顔をした私に物知り顔の友人が言った。
「嫌な事みんな忘れてしまえばいいんだよ」と、よく聞く言葉である。
では一体どうやって嫌な事を忘れられるかということが疑問として沸いてくる。
「じゃ、どうやったらその嫌な事を忘れられるんだい?」と、きつい一言が悪魔の囁きの如く、私の口から友人に突きつけられた。
「旅に出るとか、趣味に走るとかさぁ〜…・」と友人は言った。
「旅や趣味なんか出来る時間がとれるような世の中かよ?」と執拗に私は意味も無く食い下がった。こんなときのネガティブ人間は思考が暗い。また、意味も無くあまのじゃくである。
少し間をおいた友人は、そしてこう言い放った。
「う〜ん、とにかく忘れることに努力するしかないな。」と、投げやりである。
「あちゃ〜……努力ですか〜?」もう、こうなったら禅問答より始末が悪い。
アドバイスする方も答を探しているのである。
これを「こんにゃく問答」というらしい。
これを仕事場に置き換えるとこうなる。
「う〜ん売れないな〜」と腕組みをしている私は同業者にアドバスを仰いだ。
「ねぇ 儲かるようにするには、どうしたらいいのかなぁ〜?」という私の質問に同業者は云った。「そりゃ〜な。一生懸命に売るんだよ。それしかないだろう。」
あらら。これは友人との会話よりもっとひどいことになった。
「何を一生懸命売るんだよ?」ともう一度聞いてみる。
「花にきまってんじゃん。」と電光石火のごとく言い切られてしまった。
そりゃそうだ、私は花屋である。「花のほかに何を売るというのだ!納得……。」
「ムッ……・・?納得できないよ。」
これじゃ〜先の友人との会話「努力するしかないな。」と同じじゃないか、
まったくトンチンカンな会話である。皆さんは馬鹿につける薬はないと思うのでしょうか?
ここでのキーワードは「努力」と「一所懸命」です。皆さんもこのような言葉で最後に落ち着くという会話の内容に、ご経験をお持ちではないですか。
そして何も解決策を見出さないまま終わってしまうのです。
◆ 訳の分からない会話 その2
「勉強しろ勉強しろ」と親たちは子供にいう。
まるでパブロフの犬を期待するかのようだ。
「ねぇ、何で勉強するの?」と素朴な質問を子供は親にする。
とり立てて親に反発して言っているわけではない。本当に素朴な疑問である。
すると脳足りんな親はムッとする。
「ごちゃごちゃ云うな、親の言うことがきけんのか〜」と怒鳴る。
これはこれで、まだマシな方と思う。親の威厳というのか知らないが、なんだか分からないが親は怖いと思わせることに成功である。
世間でよく聞くことだか、風評であることを期待したいが
「いい学校に入って、いい会社に入ればいい給料もらえるでしょう。」
「お父さんのようになっちゃだめよ。なになにチャン。」
「だから勉強するのよ」って。
本当にこんな会話してるのか信じ難いが、真実はどこに?
話は戻して、なぜ勉強するのかという質問に答えられる人は果たしているのかいな、と思うのは私だけだろうか?
「偏差値まがいのランク分けで上位へいくこと?」
「内申書の上位へいくこと?」
「好きな職業に就くため?」
「高校・大学へ行くため?」
「親にほめてもらうため?」
「親に心配かけないため?」
「優越感?」
「偉い人になるため?」
「不良にならないため?」
「お金儲けを旨く出来るようになるため?」
「世のために働ける人になるため?」
「国を守るため?」
あるわ、あるわ。いくらでも、それらしい答は出てくる。
しかし、これといってスパッと晴れ晴れするような答ではないような気がする。
お子さんを持っている皆さんもこのような質問をお子さんから受けたことはありませんか?
その時のお答えでお子さんは納得した目でしたか?それとも「まったくもうー」といった態度でしたか?
また、これからお子さんをもたれる方はお答えをお持ちですか?
そして、お子さんの予定のない方もそれなりのお答えお持ちで勉強に励みましたか。それとも勉強なんて無意味だよと言って、無関心を決め込んでいましたか?
そして、これに通じる職業の話。もちろん花屋です。
なんで花屋なんですか?の一番きつ〜い問いにあなたは答えられますか?
■ 編集後記
やはり、この暑さは脳の思考回路をどろどろに、ふにゃふにゃにしているようだ。メルマガの題材に窮している。資料・統計の数字を引用して現状の花業界は…・なんて事を書いてもつまらない。今回は偏屈おやじに徹するぞ〜で花屋の本音トークを読みましょう。
■花屋の本音トーク
東京の新盆も終わりました。
九月の彼岸まで開店休業状態の花屋さん続出。
夏は麦藁帽子で海水浴。キャンプ道具を車に積んで出かけよう。
お子さんの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
でも花屋のとうちゃん山の草を見て、「おっ、これは花材に使えそうだ。」
「こんなところに○○があるじゃねぇ〜か。」と職業病が出てきてしまう。
車中からの目線の先に花屋を見つければ、その目はくぎ付けだ。
だって、タモリのテレホンショッキングの花を査定してるもんね。
「バラが何本大きさは?」なんて感じで。
だから、花屋のとうちゃんは気が休めない。
本当の休日は……・・?
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