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Vol 216  2007/04/24 配信済

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■  企業理念
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ここのところ「企業理念」についての問い合わせが増えています。どうして、こんなにも同じ質問が来るのか分かりませんが、企業理念をどう捉えれば良いのかという感じの質問です。

企業理念とは、その企業が行う活動のすべての根幹となるものです。この理念に沿ってすべての企業活動の整合性を求めます。

理念という言葉の印象でしょうか?
何も哲学的に小難しく考えることではないのではと思います。お花屋さんや生産者、また花業界にかかわるすべての業種を始める時に、それぞれの目的や動機が以下の例えのようにあったのではないでしょうか。


「いっちょ、花を売って儲けるか・・・・。」
「大好きな花をもっと他の人にも知ってもらいたい・・・・。」
「私なら、こんな花屋さんを作りたい。」
「なぜ、お花屋さんは皆、同じ顔(店構え)をしているのだろう・・・・?」
「もっと、安い花が買いたい。売りたい。」
「新種改良で、今よりも長持ちして美しい花を作りたい。」
「お花の流通を変えたい。改善したい。」
「感性の豊かなフラワーデザイナーを育てたい。」
「優秀なフローリストを育てたい。」
というように、多種多様な思いがあって花業界人になったはず。

企業理念の考え方は、基本となる社会貢献の大義名分の一義と、その大義名分を実現させるための方法論の二義の二つからなっているとお考えになれば混乱は避けられるのではないでしょうか。

「消費者の欲するサービス及び商品を万人へ提供し、すべての人々の幸福を実現する。」という社会貢献の大儀名文がすべての企業に一致した基本理念で、これが一義です。次に、一義の基本理念を具体的に実現させる多種多様な方法論があり、これが二義となります。

つまり、一義は「社会貢献」という意味からどの企業も同じですが、二義である方法論は業種によって、また経営者の創業動機や創業目的によって様々な思いがある以上、多種多様な企業理念(方法論)が存在するといって良いでしょう。

そういった意味から、どうも理念の意味をつかみ難いとか、どのような企業理念を立ち上げれば良いかと迷っている方はどうも一義と二義をごちゃ混ぜに思考する傾向で迷っているようです。

例:その1
「花の小売で日本一の利益を上げる。」という企業理念であれば、儲けるために消費者を欺かない限り何でもありなんです。バッタ売りだろうが、箱売りだろうが、無機質なマニアルに従った販売方法であれ、それぞれの利益に沿った花が広く社会へ届けるというものを実現して税引き後の利益がプラスになるように集中して事業を行えば良いことなのです。

言い換えれば、その行動が従来ある花屋のベーシックに反するものであっても儲けの出ない商品はいくら美しくても、また、高品質でも、企業理念に反する行為は絶対にしないということになるのです。

少々極論かと思いますが、良質だが原価が高く、利益がどうしても出ないという商品を消費者利益だけを念頭に置いて「まあ、サービス品で・・・。」という商売は、この企業の理念に反するということになります。


例:その2
「世界に誇れる高品質な花を生産する。」という企業理念をあれば、土壌の改良から農薬類に至るまで研究開発に力を注ぎ最善を尽くして世界に類を見ない取り組みを行い、高品質な花を生産するというのが基本理念になります。

例えば、農薬漬けで安易な方法で生産効率が高く、営業的に利益もそこそこ得られる花でもあっても「高品質とはいい難い花」であれば、目先の利益に惑わされず安易な利益の追求は絶対にしないというのが、この企業のあげた基本理念を忠実に遂行するということなのです。

例にあるどちらの経営理念に賛同するかは、その人なりの主観で決めれば良いことで、例1と例2を比較して社会への貢献方法はちがいますが、どちらも社会貢献の実現という目的は守られているわけですから同じと言えるのではないでしょうか。

「俺は絶対に腐った花は売らない。」と頑固親父の店主が心に決めて商いをしているとします。これも立派なひとつの理念となるのです。しかし、スタッフも増え、複数の店舗を構え、事業も大きくなった企業体となると、創業者の意図する理念とおりに運営もままなりません。そのために意思の疎通を図るためや統一した方向性を示す必要性から明文化した企業理念が必要となるのです。

また、一方で事業の方向性の迷いや経営的な危機的窮地に立つとどうしても人の心の弱い部分に悪の手は入り込みます。つまり、社会貢献という一義を忘れ、目先の利益や不正に走ることもあります。そういった弱い部分を戒め横道にそれないようにするためにも企業理念という柱は必要となるのではないでしょうか。



今回はこれで終わりです。
では、また次回をお楽しみに。


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■  編集後記
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営利活動を通しての具体的な方法論の伴わない企業理念に何の意味があるのだろか。抽象的で美辞麗句を並べ明文化されただけの企業理念に価値は無い。

そこに働く人々の理解とコンセンサスなくして企業理念に共感は得られないまた、受け継がれもしない。


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■  無手勝流師範(勝手気まま!)
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「論拠のあるロジックを期待したい。」

ビジネスの世界に身を置いている者にとっては営利活動を通して社会貢献するというのが基本的なスタンスであることは疑いの無い事だと思う。そんな事業体に属す人々の討論に論拠の曖昧さが残ることは否めない。何を以って理想論をぶち上げているのか?特に花を広めたいというような主旨の言葉を発する者からの具体的な案は見えてこない。

ある時、私は稲の遺伝子研究で日本でも代表的な博士にこんな言葉を聞いた。「食物は世界中どこでも栽培できるという技術的な部分は解決された。」と。そこで私は砂漠でも水さえあれば世界的飢餓は救えるというような発言をした。博士の言葉はイエスだった。しかし、この博士いわく「資金は誰が出すのか?」という強烈で現実的な反論を食らった。

確かに、そうである。論拠の乏しい理想論に燃える者ほど一義的な論調で語ることがあるが、まさに、その時の私がそうであった。真剣に身も心もそれに捧げている者ほど、現実の厳しさを知っている。だから、安っぽい理想論で物事を語らない。

世の中のフローは利益ある方向へと動く性質がある。これについては歴史認識のあるものならば理解がつくところだろう。もちろん、世の中にはプロセスの段階で例外という事例もあるが、例外は例外で、例外を本質として語れば語るほど論拠が曖昧になるし、物事は前へ進まないことも付け加えておこう。

つまり、私の言いたいことは、前へ進むには具体的な方法論とその論拠の整合性を確かなものとして捕らえられるかによって決まるということだ。例えば、花の振興に協力者を募る場合、そのパトロンへの利益の還元方法は確固とした具体的なものがあるのかということだ。宗教心の深いアメリカでもパトロン的な慈善行為が当たり前のように社会生活の中にあるが、それでも慈善行為の寄付にあっても税への優遇という現実的な利益還元の制度があることは良くご存知だろう。

人を説得するためには、「効果」や「利益還元」といった具体的な説明が必要だ。これさえ正確に伝えることが出来れば、プレゼンテーションは80%成功といえる。また立ち上げまでのプロセスに少々の不備があっても論拠正しきものには不思議なもので最善の方向性を導き出し賛同してくれる協力者が必ず現れる。

人々はこころの安らぎを求め、花を癒しの道具として生活には必要だという抽象的で一般的な論理だが、そのビジネス的論拠はどこにあるのか?確かに汚いものを見るよりも美しいものを見る方がどれほど癒されるか論議の余地は無い。しかし、その癒しという言葉だけではビジネスは成立しない。


花々は、なぜ、あんなにも美しい色彩を放つのか?
どうも、人々に癒しを与えるためでもないらしい・・・・・。

「紫外線から種を守るため。」
らしいですね・・・・・・・。

花大好きどっとこむ 運営責任者 Shunichi Higuchi


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