■外国へ行こう!(日本の花文化を売り込もう。)
1985年以前の日本経済は少々雑な言い方ですが、
誰でも物を売れば利益を手に出来た時代。
それも初歩的なパターンのヤル気と体力勝負と長時間
働けばいい。これと言った戦略は必要ありません。
額に汗して働いた者の勝ちだった。
当然と言えば当然ですが、世の中には物が足りない
状態ですからどこの工場でもキンコンカンと朝から晩まで
黒煙はいて増産体制。売れるそしてまた作ると言う
具合で増産スパイラル。
ですから人材は幾ら居ても足りない労働力不足
状態の売り手市場。必然、人々の所得は増え続け、
物質的な豊かさを追い求める時代に突入。
また国際収支はドンドンと貿易黒字が増えて
アメリカとの貿易摩擦で経済戦争とも言われた。
1978〜1984までアメリカ経済は暗黒の時代。
(ダウ平均 769ドルを記録。現在は10,500ドル前後)
一方の日本国の金庫には外貨が溢れんばかりで、
さあ、このお金をどう使おうかと思案した結果。
政府が出した答えが街へお金をバラマケと言わんばかり。
銀行は誰でもいいから貸すお客を必死に探して
必要のない人まで貸しまくった。
資産バブルの到来です。
若い方には想像できないかも知れませんが、なんとも
今思えば夢のような狂乱状態。
(まあ、これが悪夢の始まりでしたが・・・・。)
当然、花き業界も売れに売れた時代で潤った。
まず観葉植物ブーム到来。
そして切り花の高級化(丈が長けりゃみな特級扱い)
ましてや日本中にお金が余っていますから、企業の
多角経営計画で異業種から花の業界へ新規参入
が相次ぐ。
花業界も調子にのって市場の再編成(統合で市場の
大型化)が始まる。
当時の参入組みは何処へ・・・・・。
この頃の成功体験を今でも引きずっている経営者が
今でもデンと構えてしぶとく第一線に居座っている事
自体、業界の危機なのですが、当事者には解らない。
解らないから無闇に頑張る。
しかし成果は全くもって表れない。
そこで提案。
若いフォローリストの方々、外国へ挑戦してみるのも
いい機会かも知れませんよ。内需はほぼ期待できません。
ご存知のようにデフレ経済真っ只中の日本は安売り
競争へと後退しています。あと少し我慢すればという
希望的考え方はよした方がいい。
業界全体の売り上げが上昇して増収増益という
ふうな夢のような曲線は当分来ないでしょう。
このメルマガを読まれている方々の時代には
来ないと言う事です。
実は、この国の成長は1985年を境に実質的に
終わっていました。バブルのお陰で10年ほど延びた。
統計的に順調に目標数値のGDPが上昇してい
たのは外需依存型の大企業の業績が好調で
負の兆候をカバーできていただけ。
小泉・竹中路線もこの時代の成長戦略を元に
設計された。だから、今、痛い目に合っている。
この時代の政治経済記者の仕事は、経済数値は
文句の付けようがありませんから、もっぱら政治家の
腐敗撲滅の政治倫理論調ばかり。
■ 編集後記
ということで、海外へ武者修行に出かける若者が
増えれば、この国の花業界も将来が楽しみです。
■ 無手勝流師範(勝手気まま!)
2001 232,121人
2002 224,067人
2003 220,552人
2004 219,418人
2005 207,299人
2006 193,745人
2007 170,839人
2008 149,785人
2009 113,072人
この数字は日本の不法残留外国人の数です。
10年前に比べて半減しています。
こんなところにも日本経済の不調が表れています。
稼げない国、日本です。
植物のように一所に根を張って動かない日本人
には理解できない国際労働市場の現実です。
ちなみに参考までに、不法残留外国人の数
トップスリーは「中国」、「韓国」、
そして「フイリッピン」です。
この三国で、毎年約50〜60%を占めています。
Shunichi Higuchi
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