平等なんてありえない。
■前回までのあらすじ
「安いの、ないの?」
「その花は保つのかしら・・・?」
「高いわね〜・・・」
「外のサービス束で花束作ってよ!」
「外の束と中のお花はどう違うのかしら・・・・?」
など、少数のお客様の声が、すべてと思っていませんか?
このようなお客さんの声をいつもお聞きになって商売をなさっている花屋さん。お気の毒です。絶対に儲かりません。儲かるご商売をなさるなら、この関係から見切りをつけなければならないでしょう。
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これはほんの一部の意見です。
でも、これらネガティブな意見は必要以上に大きく聞こえるのです。
もちろん全くは無視できることではありませんが、この声にあまりにも影響を受けると間違った方向へ進んでしまう恐れがあるのです。
あっ、誤解のなきようお断りしておきますが、だからといって人権を無視しろ、なんてことを云っているわけじゃありませんよ。利益追求のための策ですよ。また、私の云うことをおやりになっても決して人の道をはずすものではありません。
■ もう機能しない考え方
根絶しがい平等主義ですべての商品、労働力を同じ価値で扱うと、とんでもないロスを引き起こす。正直申し上げて儲からないお客はそれなりに・・・・・。儲けの期待できるお客は丁重に対応する。これしか生き残ることは出来ない。
例えば、どこにでもいる企業倫理と商道徳を掲げて「お客様は神様」といった心にもない社是を掲げているところをみるが、このうたい文句に一心傾注している会社ほど成績を下げていることに大バカ経営者は気が付いていない。
また、こういった会社が好成績を挙げたとしても、その原因は他の優れた部分の作用であることが多い。つまり勘違いだ。
すべての商品、お客様に平等に、そして公平に接しなさいと大バカ経営者はいう。言い換えれば、すべての商品から平等に均一に利益を獲得しなさい。すべてのお客様が買い物をするように接しなさいということです。そこに「お客様は平等だ。」となるのです。
そうすればすべての商品から最大級の売り上げが期待できる。
すべてのお客様から支持をうける、とそう思っているんです。
1対1プラスアルファの論理です。
自己満足でイエスマン製造所の経営者は喜びますが、貴方は消耗され使い捨てにされます。そして、成績は下降します。
投入した人材から100%の利益、投入した100個の商品から100の利益が公平に獲得できるわけがありません。皆さんも経験されていると思いますが、必ず売れ筋とそうでない商品、また出来る販売員、出来ない販売員が出てくるんです。では、売れ筋の商品、優秀な人材だけにしたらどうなるか?
また、その中で同じ現象になります。それを売れる商品と同じようにコストをかけて売れない商品にも同じように力を注ぎなさいと云っているのも同然です。矛盾するでしょ。
私の云っていることは儲かっている商品にはもっと資源を投入しなさい。儲かっていない商品は数を減らせ、もしくは価格を“上げろ”といっているのです。最終的に撤退する商品も出てきますが、そうは心配するほど出てきません。つまり資源を効率よく分散して使えということです。売れないから価格を“引き下げる”なんていうのは愚の骨頂です。それをやるなら撤収することです。
そのためには何が売れて、何が非効率なのか正確なデータが必要です。
また正しい数字(データ)の見方が必要なんです。
今回はここまでです。
では、次回をお楽しみに。
■ 編集後記
「お客様はすべて正しい」
「お客様は神様だ。」
陰日なたなく、まじめに働く社員を養成するために経営者が考えた社員操作術、つまり教育方法だ。また、経営の狭間で策を見出せない経営者には苦心の作がこの精神論です。
本質は計算された中にあります。
また、意味もなく「俺は、私は客だ!」と吠える消費者ほどこの言葉の崇拝者です。
自由世界のはずの日本がこういう輩に侵されます。
均等とした平等主義、言い換えれば影の社会主義思想です。
人間は皆、平等という意味は経済の中では機能しないのです。
■ 花屋の本音トーク (花の話題に限定していません。)
失敗の原因を探し出すことに時間を使ってはならない。
そんなことをするヒマがあったら楽しい部分に力を集中する方がどれほど結果として素晴らしい世界を手に入れるか知れない。また、世のためになるか知れない。
過去の失敗をいくら分析・検証したところで、それが如何ほどの利益をもたらすというのか?なぜならば、楽しいことばかりの世界に地獄はない。
過去においての失敗経験は嫌というほど自己のデータベースに保存されている。引き出すための復習など時間の無駄だ。もしも、やりたければ負の情報など早く捨ててしまうことに時間を使おう。
額に汗しないことの罪悪感など捨ててしまおう。
人は楽しいことをやるために生きてきた。
楽しくもないことをやっても何の価値もない。
お前は反省しているのかと問われたら、「一生面倒を見てくれますか?」
といってやれ!
必ず、相手は引くはずだ。
時代とともに変化する倫理・道徳を盾に常識論を唱える奴と付き合う時間は私にはない。保身の塊の傍観者は邪魔なだけだ。