「デフレ期のマーケティング」問題意識の芽生え
とにかく売上を増やすためには、店先にボリューム感を持たせなければ、お客様を満足させることは出来ない、と一般的に考えられている。しかし、これもお客様の視覚を一時的に欺く事も出来ようが、賢いお客様は不人気の商品を買うことはない。需要に供給が追いつかな時代ならば、これもありかと思うが、今はモノが溢れている。
お客様は好みがよほどマッチしないと買わない。価格の高い安いなどは目もくれない。購買行動ははっきりしている。売れないものばかりをいくら山高く積んだところで、売れないものは売れない。ここを間違えるとロスの勢い増す。
典型的なむかし堅気の花屋さんは云う。「モノがなくて売れるわけがない。」と、でも、これは現在の消費動向に対応した施策としては些かの根拠も説得力もない。
たくさんの選択肢をお客さまへ提供する事が売上につながるという事なのだろうがでは、これは一体どこで形成されたマーケットなのかと想いをはせる必要がある。実は既存の流通のしくみがそうなっていたからという流れの中で培われたものであることが多い。つまりサプライヤーの論理から生まれたマーケットであることだ。
何度も云わせて頂くが、それは昔に通用した考え方。今は時代(消費動向)がハッキルと変わったという事を認識しなければならない。
溢れんばかりの花を桶にぎっしりと詰め込んで、隙間もないほど花と花をスロープ状に飾り、そして、店先の道路を占有するが如く花束を作り広げる。従来、これが一般的な売上を向上させる方法と考えられてきた。事実、こういった迫力を全面に出すことによって着実に売上を伸ばした花屋も多くある。
しかし、依然として思考改革されない習慣で、仕入担当者もしくは店主の都合で仕入れた花は売れ筋も作るが、それと同等、いや同等以上の死筋商品も作っているという事を、もっと知るべきであると思う。つまり数打てば当たるという方式では、いつまでたっても何の役にも立たないロスを増やすだけである。
また、創造性豊かな売り場も商品投入も見込めない。商材としての花さえ充実すれば花屋だとする思い込みがつまらない売り場を作るという事だ。
確かに、殺風景な店先よりも、溢れんばかりの花が店先に広がっている方がお客様は圧倒されるが、売れない商品を並べても意味はない。だから、といって売り筋だけを揃えれば、それで良いということではない。誤解しないで頂きたいのだが、売上をいくら向上させても純利益が問題で、いくら売っても、売っても支払いが済んだ後には何も残らないのでは、仕事の仕組みが誤っていると思うしかない。この不景気だから仕方がないというには、余りにも時間を使いすぎていると思う。
そこで、花という素材の顔を変え、新しい販路を開拓する。また、楽しくなる売り場を提案するとしても、それだけでは物足りない。まずは、すべてのソリューションを実現させるためには大本の仕入れ体制に問題があることに気がつかなければ成らない。例え、どんなに売り方を変えても、この方式を改めない限り堂々巡りだと思う。
正直、申し上げて花屋だから商品アイテムを流通する花に限定する必要はどこにあるのだろうか?と皆さんは考えた事はないだろうか。果たして、消費者は花屋に何を求めているのだろうか、という自問です。
どこの花屋さんを覗いても、どこも変わらない。
なぜ、変わらないかの答えは明確だ。
既存の流通に“頼り過ぎ”状態、つまり、すべてにおいて現在の花屋さんに
独創性や改革の問題意識が欠如しているように思えてならない。
日本の各都市の駅前が一様に同じ顔を持っていると同じでつまらない。
また、こうも云える。
現状の生産されている花を頼りにして商品開発を行っても消費者にはインパクトを与えない。お客様が何度も訪れたいと思う売り場も提供できない。消費者の求めているものと提供しようとするモノ(サービスも含む)にギャップが存在するのではないかという問題意識だ。
儲からない、売れないという結果でしかないことに対しての答えは簡単だ。
今の仕組みが間違っているということ。どんなに、過去に成功を収めたところで、ビジネスは今が儲からなければ何の説得力も意味もない。ここは確立の証明である。あれも、これもと想いめぐらした末に、微かな成功の望みに身を託すのはどうかと思う。確立の低いものは切り捨てるという決断が必要だ。これを認めるところから新しい感性とアクションは導き出せるのではないだろうか。
■新しい商品スタイルの確立
新商品とは新種の花を売るということもそうだが、これだけではない。既存の花に付加価値(サービス)をつけることも大切だ。また、こんな事も考えられる。消費サイクルを変更することのメリット。来店して買って頂けるよりもインターネットで買った方がお得ということも出来る。そして、逆に手数料の掛かるクレジットカード決済のお客様には優遇をするという店側にはデメリットも存在するが、便利とお得えを提供することによってお客様のデメリットを低くするという環境を整えることも必要かもしれない。
また、前もって御注文くださるお客様には何かのサービスも考えられる。とにかく、お客様の購買パターンを変えることによってお客様のデメリットを減少させるというサービスだ。そこに今風なマーケットが出来る。
「あれも、これもつけてこんなに良い品が提供できます。」という付加価値でのお客様メリットに訴え、ボリューム感をだしてお客様の購買心理を擽るのも一つの方法だが、ここは、お客様のデメリットを減らすサービスの考えがあっても良いのかも知れない。
花という素材をどう売るよりも購買行動を変えてもらうという取り組み。それによってお客様の得になるようなサービスの確立。その結果、ロスを無くすためには最良のシステム、受注生産方式という体制を作る事も可能かも知れない。
デフレ期はお客様のメリットを増やす施策よりもデメリットを解消する方がインパクトはある。今、変えなければ成らない事は、販売方法や販路開拓ではなく、仕入れ方法と大きな意味のお客様のデメリットを無くす為の商品開発(サービスも含む)が必要なのかもしれない。そういった意味においてデフレ期のマーケティングとは、お金を掛けて商品開発するよりも、顧客を絞る、商品を絞るという商売の形態を変え、顧客をセグメント化することが一番効率の良い方法ではないかと思う。
こうすると驚く現象が起こってくる。
先述したことと逆の効果が起こる。
デフレだから安く売らなければならないというのは、当然の如く云われ、多くの店主が直線的に価格の下げを実行してしまうが、実はやり方によって結果は希望の価格で売れるということも起こってくる。
また、ここでインフレ期のマーケティングを語っても仕方のないことだが、簡単に言えば、今のデフレ期とは逆の方式になる。もちろん、価格だけで対策を講じたとはいえないが、お客さまのメリットをどこまで追及できるかということだ。メリットとは付加価値のこと。
消費動向という部分を慎重に読み解くという姿勢と取り組みが大切なのだ。やはり、ここでも固定された既成の考えでは、妙案も浮かばないし何も解決しないということになる。
デフレ期は顧客のデメリットを減少させる商品の投入及びサービスの確立。インフレ期は顧客のメリットを最大限に追及するサービス、ということだ。時代と共に施策を変えるという取り組みを素早く行う事が求められる。
お客さまの求めるニーズと提供する側の思惑というシーズに掛け違えがあれば、どんな施策を施しても成果はないということだ。どんなに厳しいコスト計算を行おうが、どんなに努力して付加価値を上乗せさた新商品の開発しようが、お客様のメリットがメリットとして、お客さまに伝わらなければなんの意味も無いという自覚が必要のようだ。
今回はこれで終わりです。
では、また次回をお楽しみに。
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■ 編集後記
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私は自然のサイクルに逆らわなければ人間は何を行っても良いと思っている。欲を欲として大いにもつべきであると思う。しかし、そこに目的が無ければ目標もないもので、ここは具体的に明確に目的を作成しましょう。
その目的を文字として書いてみる。また、口に出して語る。私は口ベタだから、文才が無いからといのは言い訳に過ぎない。しっかりとした目的があれば、誰しも出来ることである。出来ないのは、目的がないという証拠。
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■ 無手勝流師範 (勝手気まま!)
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人は問題に直面すると逃げるか、現実を改善するかどちらしか選択肢はない。後者は今起きている問題を一つひとつ解決するため最善を尽くす。前者は責任の放棄である。
と、ここまでは共同社会の掟としての倫理観であり、前者を支持する人々は殆どいないといってもよい。この倫理観を建前として、本音とのせめぎ合いで私たちはバランスを保ち生きている。
しかし、このどちらを選択しても結果とする正解はそれぞれ違うものになるから人生は面白い。つまり、大多数に非難され反対されたことでも、結果はOKという事実はいくらでもある。また、感情的にも情緒的にもこうなって欲しいと多くの人々が願う事がまったく実現しない事もある。
この事実をどう説明するかという難題を突きつけられたらどうするか?恐らく人間のちっぽけな倫理観、道徳観では解決できるものではないと私は思っている。
この倫理観、道徳観は言い換えれば人間のもつ理性という心の作用であるから、すべてをこの理性で解決できると思ったところにまず、間違いの始まりであることに気付くことであると思う。倫理、道徳というのは時代と共に形成される。
法律が改正される。これは時代に適応するという、時代が求めたものに応じるという事でもある。
倫理、道徳は人間の今を生きるためには欠かせないものとしての地位は確立されていると思う。しかし、いつまでも現在の倫理、道徳観が現在に適応しているかと言えば、疑問符がつく。
そう、倫理、道徳観は絶えず時代と共に変化しているという単純なものであることを思えば、生活観も仕事観も変化しているという答えが見えてくる。
変化しないものはこの世の中には無い。そういった中で私たちは生存と生活を営んでいる。一見して動かないように見える大陸にしても動いている事実。そういった自然の摂理において、変化を嫌うものは、言い換えれば自然のサイクルに逆らっているといえる。
いつまでも、過去の経営手法や方法を後生大事に守る事の弊害を思えば、素早い対応が自らを救うと思う。
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