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■ 定義なき話し合い
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ミーティング議題の定義を見失わぬように
今回の議題は「如何なる方法」を持って売り上げを伸ばすかという
どこの会社でも良く見られる光景だ。
つまりミーティングのテーマは「具体的な方法論」である。
皆、真剣に考えて様々な方法論を発表した。
右にものを左に、そして上のものを下にというように
試行錯誤を繰り返しながらも、少しづつではあるが、
その具体的な方法論が見えかけてきたとき
一人のスタッフが言った。
お客様にもっと喜ばれる方法は無いか?と
一同・・・?????
みなさんはもうお分かりですね。
議論が噛み合っていないというものです。
「お客様に喜ばれる商品開発」これ一義。
当然そんなこと誰しも分かっているからこそ、それが出来るよう
具体的な方法論を探しているのである。
こんなこと今更議題にのぼること自体がもう外れている。
ミーティング参加者の全員のコンセンサスであるはずである。
「その具体的方法は?」ということで知恵を働かせているときに
いきなり、したり顔で言う人、みなさんの中にたまにいませんか。
お客様に喜んでももらう。これ一義
その方法論。これ二義
一義と二義が同じ土壌で議論されると、まず、まとまるものもまとまらない。
■ 会社は経営者で決まるという言われる所以
スタッフ一丸となって、改善策を模索して
妙案を出そうが、その案を現実に実行できるか否かは
すべては経営者で決まる。
アイデアは絵に描いた餅だ。
そのアイデアを具体的に実行できる環境と支援が
あって始めて現実味を帯びてくる。
その支援を決定できるのは経営者だけである。
こんな常識的なことを分かっていながら、皆さんはミーティングを
繰り返していませんか?
経営者の宣言→アイデア→具体的支援→実行→ご褒美
このような流れのコミュトメントがあって、はじめてその改善策も生きてくる。
具体的な約束事もなく、がむしゃらに良い案をだせ、成績を上げろでは
時間という資源の無駄使いと無意味なミーティングから生み出される
マンネリと虚脱感だけだ。そして大切なやる気を失ってしまう。
今回はこれで終わりです。
では、また次回をお楽しみに。
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■ 編集後記
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暑い日が続きます。
売れない花を見ながら格闘している花屋さん。
どうでしょう?
ここは花のことはお忘れになってみては。
少しばかりのお盆需要も宜しいでしょうが、
先のご商売を考え直すことも大切です。
今のままでは上手くいっていないのだから
時代というステージに乗っかっていないと
いう事実を真摯に受け止めることも大切です。
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■ 無手勝流師範 (勝手気まま!)
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先のサッカーアジアカップでの決勝、中国対日本の試合で審判に
対するそれぞれの国の監督の姿勢に物事の本質を見た思いだ。
ご存知のように、試合中に選手は各々のポジションの優位性を
保つため審判の見えない場所で巧みにファールの応酬をしています。
上手く見えないようにするのも、選手の技で、奇麗事ではなく良くある
ことです。それは長年サッカーに携わる者には暗黙の了解であると
思います。
しかし、そういったことを知っていながら、監督も選手も主審への抗議を
行います。つまり、これも含めてゲームであり、ある種のパフォーマンスだと
私は思っています。
そういったことを踏まえて、中国側の監督のとった行為は大人気ない
行為と言うほかありません。彼なりの抗議の方法であったのでしょうが、
表彰式をボイコットするという行為は勝者を称えるというスポーツマンシップ
に劣る行為です。
もちろん敗者は敗者なりの論理があることも良く分かりますが、
その幸運がどちらかに転がるものゲームだと思えば、残念な好意という
他ありません。
また、先日マリナーズのイチロー選手の打った打球がワンバウンドか
ノウバウンドかの判定をめぐり紙面をにぎわしましたが、ビデオみれば
明らかにワンバウンドでセーフですが、人間という審判のジャッジは
アウトでした。このように人間のジャッジにはミスはつき物です。
ですが、このイチロー選手の打球を取ったとされる野手のプレイは
ファインプレイと言って良いほどのプレイでした。そのプレイに対して、
肉眼では見えないほどのきわどいプレイに審判がアウトという気持ちが
動いても不思議ではありません。
つまり、捕球した外野手のプレイに対しての評価判定ではなかったかと
いうことです。もちろん正否を論じるならば、審判は間違ったミスジャッジに
なりますが、ブッダに説教しているようで申し訳ございませんが、
これが現実の姿ではないでしょうか。
私たちの接する人事世事、こういったことはつきものですね。
大切なことは、そういった現実をどう受け入れるかです。
自分に起こる悪いことは切り捨て、良いことのみを思う気持ちが大切だと
私は感じました。
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