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日本の花卉ビジネスはどこへ 2004/1/4


社会構造の変化に伴い、消費の多様化が決定的に進んでいる。作れば売れる時代は終わった。また、仕入れて店先に並べれば大した販売努力もなしに売れたという状況も過去のものになった。







世界の経済構造は益々グローバルな世界へ向けてスピードを増している。山里の中で生産を営もうと、都会で小さな花屋を営もうと場所や業種に関わりなく、情報の伝達はインターネットを通して瞬時に伝達される。拒もうと拒むまいと花卉業界全体が確実にグローバルな世界の中に取り込まれようとしていることは事実である。

イギリス・フランスに代表される花持ち保障を競争力の一つとして、またボリュームのあるアレンジ力でスーパーのパック花束の売り上げが上昇傾向にある。このモデルから学び、日本のスーパーにも、という取り組みが行われている。確かに、以前と比べても数段にも進化した安価な花束がスーパーに置かれている。そうやって注意深く見ると買い物客のカゴの中に、それを見る機会が増えてきたようにも感じる。

サプライヤーの育成、花束供給パッカーの向上、鮮度保持を目的とした物流インフラの整備など、いくつもクリアーしなければならない問題が蓄積されていることは事実ではあるが、間違いなく日本のスーパー・量販店が家庭内消費の花の小売現場のリーダーシップを既存の花店から奪う日も近いと感じさせる流れである。

また、一方では、高級切花の需要も確実に存在する。ここで間違っては困るのだが、バブル時に起こったような現象の珍しい花や丈の長さで価格が決まるようなものでない。消費者が求めるもの、つまりトレンド感がすべてを決めるということなのだ。消費者の要求にスピードある対応を提案できたものが高付加価値の代償として高い報酬を手にできるというものだ。

そして、統計データとして中々、表には出てこないものにインターネット通販の売り上げがある。この数字に関しては、恐らく誰も知る事の出来ないデータである事は間違いない。卸売り取扱高からの逆算で、という方法もあるが、それとて曖昧な域は脱しきれず、それぞれのネットショップでの売り上げは小さいものであるが、まとめれば恐らく驚異的な伸びを見せている事はインターネット利用者上昇率からみれば想像は簡単につく。

家庭内消費は量販店・スーパーにとられ、ギフト関連はインターネットにとられ、八方塞の状態の既存花店の状況は益々、厳しくなってくるのは確実なのだが、残念ながら、この危機感を感じているようには既存花店からは見えてこない。前年対比の売り上げを落としながらも、何か手を打たなくてはならないと模索を行っているようだが、決定的な策は見出せないでいるのが現状だ。

時には安売りを、時にはギフト関連に力を入れ、また、あるときは正直な商いが自らを助けるとばかりに倫理的観念で危機を乗り越えようと、その場しのぎの論調では何も解決されない。問題解決は足元を見るのではなく、マクロで見る必要がある。経済というものは一つの業種だけを見ても何も見えない。すべてはリンクされており、それもグローバル世界の経済は、どの方向を向いて動いているのかを知る事から始めなければならない。

まあ、物余りで競争の激化が益々囁かれる現代は、どちらにしても、どの分野も提案力と想像力で即断即決の展開を行える企業及び花店の将来は決まってくるというもので、高度な競争力と高いモチベーション、情報の分析力を発揮しなければならない事は確実だ。いや、曖昧な既存の取り組みで生き残る事は出来ないと断言してよいのかもしれない。

中国の経済成長で花の輸出という取り組みも囁かれている。前者と同じ様に、これもサプライヤーなどの進化が問われるところではあるが、国内販売と違い、取引相手のお国柄や規制という国際間の問題が複雑に絡んでくる取引であるから、もっと高度な取り組みを要求される。また、時間、輸送、代理店などのコストも発生し、課題多きビジネスシーンと考えるが、やはり、これも視野から外す事の出来ない課題であることに間違いない。




ところで消費者に向けて、物を所有するという満足感を商品価値と捉える方向で、戦っている企業の代表的なものに前者の量販やスーパーなどの安売りであるが、はたから見れば健闘しているように見える、これらの業態だが、現実は売り上げというまやかしの数字に目の色を変え、目の前を通り過ぎる売り上げ額に目を奪われ、ビジネスの本質である純利益獲得という達成度は極めて低く、安く物を手に入れることこそ、消費者の価値観という近視眼的な世界へ向けてひた走っているように見える。

またパック束を供給する業者にしても、一部のサプライヤーだけがシェアを拡大し、その他の中小サプライヤーは淘汰を繰り返すという構図になってくるだろう。つまり、勝ち組とされるサプライヤーになるためには、相当な資金力と提案力、そしてスピードと優秀で情熱的な人材の確保が絶対条件である。それほど厳しいマーケットである事は確実で、目先の利益に走るようなサプライヤーには御用の無い世界だといえる。

確かに、建前として安価で広く花の普及というコンセプトを掲げている、これらの量販店はインパクトとしてはなるほど良い。イギリス・フランスなどの量販店のパック売り上げは、ここ10年上昇基調にあるが、一方では自国生産者を守るという意識が強いアイディンティティーも、あることを皆逃してならない。

とくにフランスは、このあたりは顕著で花の高級志向と消費も二極化は成立する。フランスでも高級切花マーケットは成立しているのであるから、要は自らの資源や能力から見て目標設定が大切である。どちらにしても10年後の消費社会を視野に入れ、確固とした目標に向かって、どちらに資源を集中するのかが大切であることは確かであるようだ。 


一部の有識者や市場関係者の中に、ヨーロッパから学べと盛んにアナウンスされているようであるが、花を供給する生産者にとっては自社の高コスト体質と生産能力を見据えての取り組みを真剣に考察しなければ、安易にヨーロッパの安価な量販がそうだからといって飛びついては、働けど暮らし良くならずでは笑えない。

また中国経済が目覚しく発展を遂げているということは、誰しもご存知だと思う。ならば、中国へ向けて花の輸出という掛け声も聞こえてくるが、これとて中国湾岸の比較的経済改革が進んでいる地域のごく一部の高所得者にターゲットを絞った高級切り花を競争力の付加価値としての展開では、日本の切花生産に光明を見出したとはいえない。

前年対比という脅迫観念のとりこになっている企業という摩訶不思議な生き物の多様な事情もあったての取り組みと同情的に察しはつくが、だからといって、わざわざ中小のサプライヤーがまねをすることもないと思うのだが・・・・・・。目標設定を間違わないためにも、ここは自らの有効な資源はどこにあるのか?また、どこに価値観をもって消費者へ訴えていくのか、それが大切な決定権であることに間違いない。




ここに面白い取り組みをしている場所がある。
利益獲得のためなら、どんな効率化も進めるというお国柄のお話である。
そうアメリカです。花市場の販売時間がユニークなのだ。
営業時間の前半はプロ用、後半は一般の消費者も受け入れるというものだ。
一般の消費者からは入場料を取って営業をしている。

日本の卸売市場では、市場法という厄介の網があることは理解できるが、プロの世界へ素人が入る事を潔くとしない風潮がどうしてもある。また素人を受け入れると市場近隣の花店に影響を及ぼすという解釈から入場を制限するという発想もあり取り組みとしては、些か寂しい限りである。

まあ、これは現状の卸売り事情を考えれば、仲卸に適応できる事ではあるが、現実は建前として販売を制限しているが、事実は一般人にも販売をしているのが現状だ。ならば、アメリカの卸売市場のように時間の制限を設けて一般に公開した方が、どれほど花卉振興に役立つかもしれないし、ロス率の軽減に躍起の仲卸を救うかもしれない、と思うのは私だけだろうか?



業界のプロが間違いを犯しやすい部分に専門知識というエンドユーザーから見ればなんとも得体の知れないものがある。提供するものが上位という特権を得たような感覚からくる、これぞ大いなる錯誤だ。そこには消費者の花を欲しがる動機は、という解釈はこれっぽっちも無いように見える。もう供給する側の論理でビジネスを展開するという取り組みには、成功という二文字は生まない事を肝に銘じなければならない。


では、消費者が何を一番欲しているか?
それは花というものよりもサービスの提供である。
つまり花屋もサービス業に徹する事である。


花の業界事情や知識も業界人としての満足感は得られようが、基本的な知識は必要だといえば、それも否定は出来ないが、難しい花の名前を覚える時間があるのなら、また、安く買うという目的で無駄な時間を花市場で消費しているよりも、私はサービス業の勉強に時間を割いた方が、どれほど利益に貢献するか、また、お客様へ喜ばれるか知れないと思っている。






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