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フラワースクールで学ぶということ 2004/2/7



学ぶという姿勢は尊い。
多くの人々が夢実現を目指してフラワースクールの門をたたいている。
その気になれば何歳であっても、挑戦は可能だ。
初心者からプロコース、専門の技術とその道は多く用意されている。
また、留学という形で、その先の夢を実現させるために海外に答えを求めるものもいる。その気になればチャンスは多くあるという事だ。






ところで「目的のために学ぶ」という意味において、スクールという場へ異論を唱える人はいないと思う。つまり、スクールという場を目的のために、そして、自己のスキルアップの道具として使うという事である。ところが、ここで資格という言葉が入ってくると意味がややこしくなる。そう一般的なフラワースクールやデザイン系団体・花の家元などで発行される○級とかいう資格証書ことである。


そこで、資格の効力について考えてみよう。
資格発行組織・団体などで専属講師として職に就く場合は、その効力は発揮する。これは理解はできる。しかし、実践社会で花の現場に就くときに、その資格の効力は、と問われると残念ながら甚だ疑問となる。

実践できる技術の習得を目的としてスクールで学ぶわけだが、では、実践社会であまり効力を発揮しないスクール発行の花の資格とは、一体なんだろうとなる。つまり、花の実務、町の花屋さんや結婚式場の花仕事、また数々の花販売現場に、そして、デザイナーとして仕事を請けるとき、実際には資格の効力は皆無に等しいといっても過言ではない現実がある。


つまり、クライアントは花の資格の有無で仕事を発注しない。
要は発注側の要望に応えられるか、答えられないかというシンプルなビジネスの世界なのである。こういった現状があるのにもかかわらず、多くのスクールに通う人々は資格取得イコール、プロとして現場で活躍できるという認識が限りなくグレーに近い部分であるように私には感じてならない。


ところで、例えるのもなんだかと思うのだが、資格なくして職に就けない分野もある。
法曹界、会計士、医師などがその代表例である。これらはすべて国家試験という国が定めた資格である。とにかく、この資格が無ければ実務にも就けないというものであるから、皆、必死に、まずは資格取得が第一目標となり猛勉強をする。


ところが先に書いたように花を実務とする職業は、資格がなくても出来る。
まったくの素人であっても今日から私はフラワーデザイナーよ。フローリストよ、と宣言実行すれば、それですんでしまう世界である。実際に花の実務で資格を持った人の比率と問われると大方の人が持っていないし、また、さほどの必要性も感じないだろう。要は実務をこなせればOKということである。そこで、資格取得は就職活動に有利か否か。

答えはNOである。

いや、持とうと持つまいと然程の意味が無いということであるから、これから実践社会へ巣立つ人々は花スクールを卒業したという一種の終了証書的な感覚で捉えておけば、それほど実践社会に出ても理想と現実のギャップからくるショックは少ないだろうと思う。



造形に芸術性やデザインという美的な感性を求めて生き抜くというクリエイティブな世界を目指す場合は異なるが、今更という感もしないではないが花の世界も商業としてのビジネスシーンの際立つ世界がある。いや乱暴な表現を使えば「儲けていくらの世界」といってもいいだろう。
そんな世界にデザインを基本とした感性がいくらあっても仕方がないと私は思っている。
確かに、商品を作り出す素はデザインであるが、それらを普及させる分野(販売)もあってバランスが取れる。こういった現実と事実がありながら、なぜ資格にこだわるスクール生が多く輩出されるのだろうか?というのが今回のレポートの題材である。


現在のスクールが権威として資格制度を価値観として唱えることでスクールという商品価値が上がる。
これはれっきとしたビジネスツールとしての常套手段である。これは事実であろう。
また、反面花業界人養成システムという側面もスクールは確立している。
もちろん、業界からのリスペクトとしては定かではないが、そういった一面もある。



そこで、現在のゼネレーションについて面白い捉え方をする人々の意見を紹介しょう。
真理の上に立脚すれば、スクールは目的達成のための通過点に過ぎないが、
現在のゼネレーションはスクールという場に自分自身の存在感、つまり、資格所得と授業を受けるという行為、そのもので各自のアイデンティティーは保たれるという論である。

また、別の見方をすれば実践社会への巣立ちを拒む気持ちが潜在意識の中に存在し、
実践社会からの逃避行動とするものである。つまり、結果はどうであれスクールに通う行為、資格取得を目指す行為そのものが、価値観として存在するとした論である。

こう考えてみると実践にさほど役に立たない資格という魔物について納得が出来る。
パラサイトシングルという言葉は記憶になるだろうと思うが、まさに一部の実践志向の人々以外のスクールゼネレーションの姿が、ここあると言い換えることが出来るのではないだろうか。


だから、こういったスクール思考のゼネレーションに向けて利益獲得経営が突出したスクールが増殖する要因であるのではないだろうか。そこで、このレポートを読んでスクール経営に進出するというビジネス思考もありえるが、それよりもまして、これからの花産業に必要な人材とはマネイジメント感覚を持った人材であることは間違いないであろうと思う。


バランスのとれた経営感覚と提案力を戦力として、新たな挑戦という世界を求める人々の養成、そして、時代のニーズであるデジタル感覚とインターネットスキルを習得する総合的な花人養成スクールこそ、いま一番必要とされる学び舎ではないだろうか。

もしも、本気で花をビジネスとお考えのスクール生は、花をさばける能力を磨くだけでは、自己の価値は薄れるだろうし、アピール出来る場も益々狭まって行くだろう。また、将来の優れた花人を生み出すという大儀をもってスクール経営を行う運営側は現在のスクール生が何を求めているか、また時代は何を求めているかを再度、見直す機会ではないだろうか。



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