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仕事で園芸の専門家やハーブの先生のお宅を訪ねたことがあります。庭を彩るさま
ざまな植物、そこから切り取ってなにげなく飾られた花、工夫に満ちたコンテナのど
れもが美しく、魅力的でした。それは家や庭が立派だからではなく、その主が植物を
いつくしみ、楽しみ、一緒に生きているからなのでしょう。生活のリズム、空間の中
に植物が息づいていることが、とてもよく感じられました。
専門家でなくとも、植物を育てることを楽しむ人が増え、庭やコンテナにさまざま
な花があふれている光景を、通りがかりに楽しませてもらうことも多くなりました。
都市の殺風景な空間も、植物があることでずいぶんと気持ちがやわらぎます。花を育
ててくれる方たちにお礼を言いたいとさえ思います。
ヨーロッパでは、丹誠込めてつくった庭を開放して見学できるようにした、オープ
ンガーデンを常時行っている家もあります。オランダで訪れた、そうしたオープンガー
デンの一つは、リタイアしたご夫婦のお宅でした。子どもが小さい頃は、遊び回れる
ように芝生の庭だったということで、子どもの成長とともに、花木、草花、灌木など
を植えていき、20年ほどかかって全体を整えていったそうです。スペースごとにテー
マを決めていて、白い花を集めた一角、夏に楽しむ一角といった具合です。この庭の
植物の一本一本に、家族の過ごしてきた時間が刻みこまれているのだろうと思いまし
た。庭をつくることそのものが目的であるというより、その過程の時間を楽しむのが
上手な人たちだとも感じました。趣味というよりは、暮らしの一部として庭の手入れ
をする、おだやかな植物とのつきあい方のように思います。
この頃、日本でも花盛りにオープンガーデンをする植物好きの人たちが出てきてい
るようです。菊やサツキなどの展示会に自慢の花を出すというような、いわゆる園芸
愛好家の時代とは、だいぶ変わってきたものだと思います。でも、まだ頑張っている
なあ、という感じもするのです。肩に力が入っている、とでもいうのでしょうか。
以前、お米をつくる方の話で、自分の考えで稲を育てるようになってから、せいぜ
い50回か60回の経験しかできないのだから、完璧などということはあり得ない、とい
うようなことを聞きました。一つの植物を育てる経験というのは、1年に1度しかでき
ないということは、このめまぐるしい時代にあって、大変貴重なことだと思いました。
だからこそ、一日、一日の変化が愛おしく、花も葉も実もかわいくて仕方ないのでしょ
う。
きれいな花を咲かせること、素敵な庭をつくることだけに気をとられず、植物と、
時にはそこにやってくる虫も含め、命あるものとの関わりがもたらす心地よさみたい
なものを楽しむのがいいなあと思っています。
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