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HANA見てある記    by 宇佐木やよい




第三十一回 「桜のこと 」 2005/2/5


 咲いた途端に強風にあおられたせいか、桜がはなびらではなく、5弁のはなびらの揃った形で落ちていました。ガクのところからもぎとられたような状態なのに、花は美しいままで、なんだかもったいなくて、ハンカチにそっと包んで5つ持ち帰りました。ガラスのお皿に少し水をはり、花を並べたらなかなかいい風情です。あわい色も、花びらの一つ一つの形も、雄しべのうっすら黄色も、しげしげと眺めて飽きません。枝にびっしりと咲いた姿とも、はらはらと落ちるはなびらとも違う、新しい桜の表情に出会ったような気分です。

 桜の花に対する日本人の思い入れは、何か特別で、それが返ってうっとうしく感じていた頃もありました。でも、20代のはじめ、パリのはじっこの小さなアパートにいた時、部屋が面している狭くて何もない中庭にどこからともなく舞い込んできた桜の花びらは、素直に美しいと感じました。その桜がどこにあるのか、とうとうわからなかったのですが、風の向きによるのか、たくさんは飛んできません。舞い込んだはなびらは、一端は落ち、新たな風でまた踊る。それもまた、見飽きない光景でした。

 そのパリで、知り合いのフランス人がエッフェル塔の近くに桜が咲いてきれいだから、見に行こうと誘ってくれました。意気揚々と出かけたものの、目にしたのは、ずいぶんともったりした八重桜でした。はなびらの色も、枚数も、私の目には過剰に見えて、桜というよりは運動会のポンポンみたいな感じなのです。知人の手前、きれいねえと言いましたけれど、内心は、どうもしっくりこないのでした。

 桜のはなびらといえば、高名ないけ花作家の言葉も忘れられません。今から40年近くも前、作品をいけるだけでは到底生活できない時代から、弟子をとらずに、いけることに専念してきた方です。その若い頃、同じ思いを抱くパートナーと共に暮らしたアパートで、唯一の贅沢が、春になるとすぐ近くの桜の名所から次々に舞い込んでくる桜のはなびらだったそうです。

 お花見もいいでしょうけれど、どうも、お花見の光景を見ると、花を見ている人はいないような気がします。あれだけの花を一気に咲かせ、命の輝きを放つ桜を、もう少し愛でてあげるといいのになあと思わないでもないです。



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◆プロフィール 「 宇佐木やよい 」 フラワージャーナリストという肩書きも持っているフリーライター。 花については共同通信でずっと書いているほか、生け花関連誌、園芸誌などでも執筆。
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