ずいぶん前のことですが、ギリシャのアテネで、街路樹に柑橘類が使われているのを見ました。まだ青い実で、レモンなのかみかんの仲間なのかよくわかりませんでしたけれど、実が色づいたらさぞかしおいしそうで、豊かな感じがするだろうと、うらやましいような気もしました。
日本には、銀杏があります。好きな人にはこたえられない銀杏の実がなるのですから、おいしい街路樹といえるのかもしれません。東京は銀杏の街路樹が多いのですが、実が落ちる時期を楽しみにしている人もいるようです。もしかしたら、道路を管理している国とか都とかに所有権があるのかもしれませんが、まあ、落ちている銀杏を拾って泥棒だと言われることはないでしょう。
韓国のソウルもけっこう銀杏を街路樹に植えています。東京より秋の冷え込みが早く、乾燥している韓国の紅葉・黄葉はとても美しく、10月の末にはソウルの銀杏も黄金色に輝きます。日の光を浴びた美しい銀杏の黄葉を眺めながら、どこか東京の銀杏と違うなあと思いました。なぜだろうとしげしげと見ると、どうもソウルの銀杏は枝が込み合っているような気がするのです。一緒にいた友人に、街路樹の剪定をしないのか尋ねてみると、そんなことしません、というのです。なるほど、日本の街路樹はかわいそうなほど枝を払われ、切り詰められますけれど、ソウルでは伸び伸びとしています。
でも、ソウルでも街路樹が切られることがあると友人は言いました。自分の会社や店の看板が枝で隠れて見えなくなると、その看板の部分だけ、その会社や店が枝を切ってしまうのだそうです。言われてみれば、建物側だけ妙に枝が短い木があります。街路樹ひとつにも、文化の違いが出るのだなと、おかしくなりました。
文化の違いといえば、フランスの地方の小さな町などでは、街路樹を道路に沿って看板を立てたような形に刈り込んでしまっているのを見ました。枝の広がりを無視して、道路側と歩道側の枝は切って、道路に沿った側の枝だけのこしているのです。看板でなければ、お箸に突き刺した食パンを道路に沿って並べたみたい、とでも言いましょうか。ここまで人工的に樹木の形を変えてしまうのも極端だなあと思いました。そういえば、フランス式庭園と呼ばれるスタイルは、幾何学的に樹木を刈り込んで構成されています。あの不思議な形の街路樹は、そうしたかつての庭園文化の流れを汲むスタイルなのかもしれません。
でも、フランスの街路樹が全部そんな形に切られているのではありません。大きなマロニエやプラタナスの街路樹がパリの街中にもありますし、田園地帯の道路沿いにはポプラなどの高い木が植えられています。
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